国語塾いはら教室

国語で伸びる、ことばで育つ

HOME»  ブログ記事一覧»  もう一人のR君

もう一人のR君

もう一人のR君

 前回のブログは、当教室に9年間通ってくれたR君の話でしたが、今回はもう一人のR君の話をしたいと思います。彼も今年、大学に進学しました。
 ところで、彼はこの教室の開塾1年目に小学4年生で入ってきた生徒。本来なら前回ご紹介したR君とは受験年度は重なりません。彼は当教室に3年間ほど通塾して、県内の私立中学校の1年生のときに卒塾していたので、私はてっきりもうどこかの大学に通っているのだと思っていました。その彼のお母様から昨年の12月突然電話があって、二人で塾に訪ねてこられました。
 話をうかがうと、中学校に入ってからすっかり学習意欲を失い、入学した中高一貫校を高1のときに転学し、大阪の私立高校に通っていたとのこと。高校卒業後も大学進学の意志はなく働いていたが、やはり大学で学びたいと思うようになり、昨年の春から予備校に通っているということです。それで同志社大学の文学部を目指して頑張っているのだが、国語の記述問題に不安があるので、指導してもらえないかとの相談でした。
 せっかく頑張って合格した学校を辞めてしまった彼の気持ちを私も少しだけ理解できるつもりです。プロフィールを見ていただければ分かりますが、私も私立の中高一貫校に入学しました。そして彼と同じ高校1年生のとき(校内では中学4年生といいますが)一度は学校を辞めようと思いました。私はよく保護者の皆様に「親が『転ばぬ先の杖』になることはできません。どんなに順調に行っても、子どもというのは必ず転ぶものです。だから、親御さんは『転ばぬ先の杖』ではなく『転んだ後の杖』になってあげてください」と申し上げます。いわゆる進学校と呼ばれる学校に入ったから、有名大学に入ったからといって、人生の航路が平坦になるわけではありません。子どもになるべく平坦な道を用意してあげたいという思いは分かりますが、失敗しないように先回りする心積もりよりも、失敗したときに立ち上がる支えとなる心積もりをしておいていただきたいとお伝えしています。私は彼と違い学校を変わることはありませんでしたが、学校を辞めたいと言ったときには父や母は「おまえのしたいようにすればいい」と言いながら、内心どうしようかと悩んだそうです。彼のお父様、お母様も彼が転学することになったときにはずいぶんと心を砕かれたのではないかと推察します。
 しかし、何の疑問も感じずに中学・高校・大学と進むよりも、迷い、悩み、遠回りをしながら大学に進んだほうがむしろ大学で学べる喜びも大きいかも知れません。事実、彼は大学でこういう分野の学問がしたいという明確な目的をもっていました。ただ単にブランドを身にまとうように有名大学を目指すのではなく、この大学でこの学問がしたいと考えて進学するのは立派なことだと私は思います。(もっとも、進学せずに就職するのも立派なことだし、したいことが分からないので、とりあえず大学に行くというのでも私は構わないと思います。どの道筋を通っても、自分がこう生きたいという生き方に近づいていけばいいのではないでしょうか。)
 さて、彼は同志社大学の文学部と関西学院大学の文学部に合格して、同志社大学に進学することになりました。転学した大阪の高校でお世話になった先生に合格の報告をしたら、「うれしくもあり、ちょっと残念。大学なんか行かないほうが、もっと別の人生が開けたかも知れないという思いもある」というようなメールがきたそうです。この話を聴いて、いい出会いをしているなと感じました。周りに同じような価値観をもった人ばかりでなく、違う価値観をもった人がいてくれるのは彼にとって幸いだと思います。
 ところで、彼によると高校時代まったく受験勉強らしきことはせず、予備校に入ってからの10カ月ほど一所懸命に勉強して何とか志望校の合格圏内まで届いたそうです。彼がわずか1年足らずの受験勉強で合格できたのは、しっかりとした国語力の土台があったからだと私は考えていますが、国語塾の私がこう申し上げれば、我田引水ということになるでしょうか。
 ともあれ、R君、おめでとう。
 

2017-04-09 11:56:42

  |  コメント(0)

 

コメント

お名前
URL
コメント