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塾生たち(その二)

塾生たち(その二)

 この3月に国立和歌山工業高等専門学校(和高専)への入学が決まり、当教室を卒塾することになった塾生のお母様が先日教室を訪ねてくださいました。合格が決まったときに、学校に問い合わせれば入学試験の点数を開示してくれるということだったので、国語の点数を教えてほしいとお願いしておいたのでした。
 そのようにお願いしたのは理由があります。彼は小学3年生から当教室に通ってくれていた生徒で、順調に国語力を培っていってくれていると考えていたのですが、私の目から見ると中学生になってすこし失速した感がありました。失速というのは、彼の元々もっている素質からすればもっともっと読解力も表現力も、そして意欲も高いはずなのに、充分力を出し切れていないように感じていたのです。それでも元来地力のある子ですから、入学試験に関しては合格ラインには充分届くと考えており、国語に関して言えば、何の心配もしていませんでした。ところが、中学3年生になり和高専の過去問題を解いてもらうと、これがかんばしくありません。彼の持っている力からすれば、6割は楽にとれると見ていたのですが、いつも5割弱ぐらいです。和高専という学校の特質からすると、おそらく数学や理科が得意な受験生が多いでしょうから、国語塾に通っている彼は国語で差をつけられると考えていました。しかし、これでは国語で差をつけるどころか国語が足を引っぱりかねません。そんなわけで合格したのはよかったけれど、国語の力が充分発揮できたのかどうか知りたかったのでした。
 お母様からうかがったところによると、入試科目の中で国語の点数が一番良かったのだそうです。(100点満点中80点)それを聴いて私はほっとしました。でも、彼の本来持っている力からすると問題内容からしてこれくらいの点がとれても驚くには値しません。それにしても、受験というここ一番で自分の持っている力を発揮してくれたことは本当にうれしく思いました。亡くなられた臨床心理学者の河合隼雄先生が、「人間はここぞという時に80点でも90点でもだめで、100点をとらなければならないときがある。平均して85点の人生を送っていても、ここ一番で100点のとれない人は人生のチャンスをつかめない。だから、普段は60点ぐらいでいいんだ。」というような意味のことを著書に書いておられたことを思い出しました。ここでいう100点とは必ずしも100点満点のことではなくて、自分の持てる力を100%発揮するという意味だと思います。私はこの考えがとても好きです。私が中学生になってからの彼を不満に思っていたのもこの点で、点数というより彼の姿勢に「85点でいいや」といったものが見え始めたのが何より心配でした。そういう力の出し惜しみのようなことをくり返していると、いざという時に本当の力が出せなくなるということをさまざまな分野の方の書いたものやインタビュー記事などで読んだことがあります。私は彼に話したことがあります。
「国語に関しては君は合格に必要な点数はとれると思う。そのことに関しては何も心配していない。でも、大切なのは入試のためだけじゃない国語力をつけることだ。高専での学習は理数系の学習が多いかも知れないが、だからこそむしろ国語力が大切になってくる。特に君が進もうとしている環境都市工学科は理論だけじゃだめだと思う。例えば、いくらすばらしい都市設計をしても、そこに住む人の気持ちを考え、その人達が納得する街づくりをしないと実際の仕事はうまくいかない。実際、東日本大震災の後の町々の復興でそういう問題がたくさん出ているじゃないか。そういう住民の共感を得られるような街づくりをするときに、必ず国語力が必要になると私は思う。」
また、彼は1月に実施された体験入学入試という小論文だけの入試も受験たずさしたのですが、その指導をしているときには、こんなことも言いました。
「文章というのは小手先の技術だけで書くものではない。日頃からどんなふうに過ごしているかが大切なんだ。直前になってどうこうしようと思ったって、どうにかなるもんじゃない!」
 今思えば、入試に合格するだけでも大変なのに、その彼にずいぶんと高い要求をしました。しかし、逆に言うと、それは彼への期待の表れでもあります。ただ、私の話を彼がどう受け止めているかが心配でした。あまり表情を変えずに私の話を聴いてはいましたが、内心では「このおっさん、無茶なことを言う。そんな余裕がいまの自分にあると思ってんのか!」と感じたかも知れません。
 ところが、帰り際にお母様がこんなことを語ってくださいました。
「この教室の最後の授業が終わったあと、車に乗り込むと子どもの目が潤んでいました。彼は兄と違ってクールなところがあるのですが(お兄さんもこの教室に小4~中3まで通ってくれていました)、その彼が小学校の卒業式よりも中学校の卒業式よりも、井原先生との別れが一番うるっときたと言ったんです。私もそのことばを聴いて思わず泣けてきました。」
 私は心底ほっとしました。自分のことばは彼に届いていたのだと思いました。もっとも、私のことばを本当に活かしてくれるかどうかはこれからの彼次第です。いつか彼が「先生の言ったとおりだった。社会に出てからこそ国語力が大事だと分かった。」そう言ってくれたらどんなにうれしいだろうと、これはまた我田引水の願望ですが、そんなふうに私は思っています。
 
 

 

2016-05-15 07:46:12

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