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学び方に工夫を

学び方に工夫を

 塾の生徒たちと一緒に学習していて、私が常々感じていることが一つあります。特に中高生に関しては不満に思います。それは、学び方の工夫が見られないことです。
 国語という教科をどう勉強していいのか分からないということはよく聞きます。だからこそ塾に通っていると言われればそうなのですが、それにしても・・・です。どうしてよいか分からないから何もしないではなく、分からないなりに何かしてみるという発想になってほしいのです。
 国語ではありませんが、中学1年生の定期試験の前に、私は紙を細長く切った短冊をたくさん作って、そこに歴史の年号と出来事を書いて部屋中に貼ったことがあります。アクリル製のクリアファイルにマジックで英単語を書いて風呂の中に持ち込んで覚えようとしたこともあります。マーカーで線を引く、書き写す、声に出して覚える等、暗記一つとってもいろいろ方法はあるはずです。 
 しかし、何人かの生徒たちの話を聞くとどんな方法で勉強しようとしているかどうもはっきりしない。こんなやり方をしています、という明確な答えが返ってこない。どう勉強してよいか分からないが、何もしないことの言い訳につかわれているような気もします。もちろん他の教科の試験対策に時間をとられて、国語の対策まで手が回らないということもあるのでしょうが、何も準備しないままに試験を受けて、よい結果が出るはずもありません。
 例えば、いまの時代ネットで検索をかければ教科書で扱われるような古典作品の現代語訳はけっこう見つかります。もっともそれを推奨しているわけではありませんが、スマートフォンの利用時間が長いと言われるいまの中高生たちがそのスマートフォンを試験対策にうまく活用しているとも思えない。(スマートフォンを使って勉強しようとしても、結局は勉強と関係ないことに時間を費やしまうので、あえて使わないようにしている生徒もいるかも知れませんが・・・)
 いずれにせよ、自分なりの工夫をして勉強している生徒が少ないと感じます。塾で教えていても、ここに線を引きなさいと言わなければ引かない。これを書いておきなさいと言わなければ書かない。教室の机の上には国語辞典を置いてあるのに、手にとる生徒が少ないといった有り様です。
 もちろんこちらでこんな学習法があるよという紹介はします。しかし、言われたことを言われるがままにするよりも、もっと自分なりにいろいろ工夫してみてほしいというのが私の願いです。文房具を変えるのだって工夫、勉強の時間帯やスケジュールを変えるだって工夫、大きな枠組みが変えられないとしても、小さな工夫はいくらでも出来ます。
 中高生よ、考えよう。なにか工夫の余地はあるはずだ。それがうまくいかなかったら、また新しい工夫をしてみよう。その試行錯誤がいつか実を結ぶ日がやってきます。

2025-09-20 10:07:53

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