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あの世のお話

あの世のお話

 今回は国語の話題から離れてあの世のお話について書かせていただきます。こんなことを書きたくなったのは、ちょうど今日、母の一周忌を行うことになっているからかも知れません。
 一つ目は、亡くなった人の思い出話をすると、天国でその人の周りに花が降り積もるというお話。私はこの話を、NHKで放映されていた『母の待つ里』というドラマの中の僧侶の台詞で知りました。それもつい最近、夜中に再放送されていたこのドラマをたまたま見たのがきっかけです。そのあと気になってインターネットでこの話の出典を調べてみましたが、はっきりとした出所は分かりませんでした。でも、とても素敵なお話なのでたくさんの方に紹介したいと思って、いまこうして書いています。もっとも私自身は母が亡くなって半年ぐらいは、母の話をするのも聞くのもつらくて、もしもっと早くにこのお話を知っていても、おそらく母の思い出話をするのはとても無理だったと思います。今日の一周忌では、お寺さんや義兄や姉、叔父、叔母たちと母の思い出話をして、あの世の母にたくさん花びらを降らせたいものです。
 もう一つは、地獄と極楽にある長い長い箸のお話です。地獄でも極楽でも食事時にはご馳走が山のように出るのだそうです。しかし、天国の人たちがふくよかなのに対して、地獄の人たちは痩せこけている。なぜなら、箸が長すぎて口に食べ物を入れようとしても入らないからです。では、天国の人はなぜふくよかなのか? 天国の人たちはその長い箸で食べ物をつまむと、向こう側にいる人の口へ食べ物を入れてやる。そうすると今度は向こう側の人が自分の口に食べ物を入れてくれる。そのように互いの口に食べ物を入れ合うので、箸が長くてもちゃんと食べることが出来るのだそうです。こちらの方は仏教の説話に(これもはっきりとした出典までは調べられていないのですが)あるようです。もっともこの話も私は山本鈴美香という人の『エースをねらえ』というもう40年以上も前に書かれた漫画で知りました。
 二つとも本で読んだのではなくて、テレビや漫画で知ったというのは国語を教える者としてはお恥ずかしいかぎりですが、私は出所はどうあれ、いいな、素敵だなと感じたお話やことばは人に伝えていきたいと考えています。それは種蒔きのようなものです。蒔いた種が誰かのこころで花開き、またその人が別の誰かに種を蒔く。そのようにして花畑が広がっていくのは素敵だと思われませんか。
 このブログを読んでくださった方々も、素敵なお話、ことばを知ったら、ぜひ誰かに、特に子どもたちに聞かせてあげてください。それは種蒔きであると同時に、種を芽吹かせる土壌を育てることでもあります。私の父や母も、子どもの頃から私にたくさんの話を聞かせてくれました。
 お父さん、お母さんの蒔いたお話、ことばの種がいつか子どもたちのこころで花開くことを祈りながら、今日のブログをおしまいにいたします。

2025-10-04 07:55:37

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