国語塾いはら教室

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塾生たち(その三)

塾生たち(その三)

 今回はいま中学2年生になっている塾生たちのことを書こうと思います。この世代は多くの生徒が教室に通ってくれて、いまも当教室で学んでくれている生徒ともう卒塾してしまった生徒がいますが、全員のことは書ききれないので、今回は三人のことをお話しようと思います。

 一人目はT君。彼は小学2年生の春に当教室にやって来ました。来たばかりの頃、ある問題を解かせたのですが、漢字の間違いがあったり、助詞の使い方の間違いがあったりしたので×をすると、「これくらいええやんか!」と言って泣きだし、プリントをぐしゃぐしゃにしてごみ箱に捨てました。当教室は、小学生の場合は、教室に通ってきて3年から4年で成果が目に見えてくる子が多いのですが、一般に男の子はスロースターターが多く、低学年からあずかっていてもすぐに目に見える成果は表れなくて、小学校5年生ぐらいからぐんと伸び始める子が多いように思います。ただ、彼は漢字に関してはずっと苦手で、こちらも力をつけてあげられませんでした。小学5年生の3月まで通ってくれたのですが、よく泣き、よく笑う、愉快なお子さんでした。
 彼のことばでわすれられないものがあります。それは彼が3年生のときだったと思いますが、なにかのことで授業中に泣くことがあり、クラスにいた女の子から「少しぐらいのことで泣かないようにしないと・・・」と言われたのです。すると彼は、
「だって、泣かんとこうと思ても勝手に涙があふれてくるんやもん・・・・・・。」
 もっともなことだと私は思いました。感情が豊かであふれてくるのだろうと思います。そのあふれてくるものを、ことばに、文字にすることができたとき泣かずに済むのだと思います。私は彼にその力を充分につけてあげられたろうか? 充分ではなかったように思います。中学2年生になった彼がいまも泣き虫なのかどうかはわかりませんけれど・・・。

 二人目はNさんです。彼女も小学2年生の春から教室にやってきてくれました。入ってきたときから利発な子で、たとえば当教室では小学低学年から小学生新聞の記事などを書写させることもあるのですが、習っていない漢字があっても記事どおりに写させるので低学年だとうまく写せない子も多いのに、彼女は楽々と記事を写すだけでなく、漢字にふりがなをつけるときに、それまで書いていた先のまるくなった鉛筆から先のとがった鉛筆に持ちかえるという機転を利かすようなお子さんでした。
 彼女は小学校4年生ぐらいから中学受験を目指して進学塾にも通い始めましたが、進学塾に通いながらも小学校卒業までずっと当教室にも通い続けてくれました。ただ、利発なだけに多少功利的な面もあり、よく授業中に「先生、この勉強は何の役に立つん?」と訊いてくることも多くありました。そのように考えながら学ぶことはよいことですが、反面「役に立つ」「役に立たない」を行動原理にしてしまうと、自分の世界をせまくしてしまう心配もあると私は思いました。彼女は国語全般よくできるお子さんでしたが、俳句や作文など書かせると面白みがありません。理屈っぽくなってしまうのです。そこで、彼女には「疑問をもつことは大切だけれど、なんでもかんでも理屈づけしようとせず、役に立つか立たないかはいったん置いておいて、とにかくやってみること」や「知識偏重にならず、自分の五感で感じたことを大切にすること」を折に触れて話しました。
 彼女は智辯学園和歌山中学校と向陽中学校の両方に合格して、いまは智辯中学校に通っていますが、進学一辺倒ではなくもっと広い意味での国語も学習もさせたいと彼女のお母様がおっしゃってくださったのは私にとっては本当にうれしいことでした。もっとも私としては中学生になってからの彼女も指導してみたいという気持ちがあったので、小学校卒業とともに卒塾してしまったのは少々残念でもありましたが・・・。

 三人目はK君です。彼は小学2年生の秋に入ってきました。お父様とお母様に連れられて体験入学の申し込みに来たあと、今月から当教室で勉強させられることを知った彼は「嫌や!」と言って、何度も足を踏みならしました。そのことば通り、最初のうちは書写をさせても途中から鉛筆が止まり、しばらく休んでからまた書くといった調子。彼の筆箱にはピアノの鍵盤がついており、押すと電子音が鳴るのですが、授業が面白くないときはそれを鳴らして遊びます。利発さは感じますが、こつこつと地道にするようなことは嫌い。最初は1年間続いてくれるだろうかと感じるほどでした。
 その彼が見違えるようになったは小学5年生からです。授業中がさがさしたり、無駄話をすることがなくなりました。嫌がっていた書写なども集中力が途切れなくなりました。自分でも国語が分かるという実感が得られるようになってきたのだと思います。こうなってくると男の子は馬力が出てきます。
 それでも彼が小学6年生の夏になって私立の中学を受験したいと言ってきたとお母様からうかがった時は驚きました。私は国語に関しては土台作りをしっかりしておけば、進学塾で学ぶのは小学5・6年生からでも遅くないという考えです。特に文章読解のような問題はあまり早い段階から学習するよりは、むしろ受験の1年前ぐらいから練習したほうがよいのではないかと考えています。地力さえつけておけばそれで充分間に合うと思います。それでも6年生の夏からとなると中学の試験までは半年もありません。正直、ちょっと間に合わないのではないかと思いました。そこでお母様には保護者向けの通信にこう書きました。
「中学受験というのはメリットばかりではありません。不合格になって学習へのモチベーションを一気に下げてしまうお子さんもいます。また、合格して有頂天になって中学になってからの学習をさぼりそこで伸びが止まってしまうお子さんもいます。合格であっても不合格であっても、この体験を活かすことが大切だと思います。もし不合格だった場合は、『やっぱりちょっと準備期間が短かったね。次の高校入試はこの経験を活かして、もっと早くから準備をしようね。』といった具合に声をかけてあげてください。合格した場合は、『やはり頑張ったことはきちんと成果が出ることが分かったね。だから、次の目標を決めて、また勉強を続けていこうね。』といった具合に声をかけてあげてください。」
 おおよそこのようなことを書いたと思います。彼は秋から進学塾にも通い始め、本当に根を詰めて勉強しました。当教室では漢字をつかって例文を作るという学習をよくします。その頃の彼の例文には頻繁に『勉強』という語がつかわれています。それだけ始終勉強のことを考えていたのでしょう。
 彼は開智中学に合格しました。しっかりとした土台を築くこと、土台ができたら他のことには脇目もふらずに一心に受験に意識を集中すること、大切なのはこのことだと私は考えています。(こう書くと四六時中勉強することだと思う方もいるかも知れませんが、時間の問題だけではなく意識の問題です。スポーツの大会もピアノの発表会も、受験もと複数のことに同時並行で意識を集中させるのは困難なことだと思います。受験するなら、それに意識を集中させるべきだと私は思います。)
 もっともそれは受験だけではなくて、他のことにも言えることかも知れませんが・・・・・・。

 またまた長い文章になりました。今回もご高覧ありがとうございました。
 
 

2016-05-30 10:36:32

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